要約:ニコニコ動画を消費しすぎると頭が悪くなるよというのにたぶん近いベタなお話
クリスマス、年の瀬、お正月。ニコニコ動画と卒論とを往復していた感のある年末年始だったのだが、そんな中でニコ動を見ながら思うのは話したり書いたりする日本語がだんだん短くなってくるという問題。
自分はどっちかってと、2ちゃんねると同じくニコニコ動画にはあんまり書きこまない方なのだけど、場のノリに入るという意味からコメントを書くことがある。ニコニコでのコミュニケーションってのはおおむね1発言20文字以内で収まるので、そういうのに慣れてくると頭がそうしたコミュニケーションに最適化されていく感じがしていくんですよね。それってちょっと怖いなーと。
なんてことを書いていて思い出したのは、1ヶ月前に荻上チキさんが出演していた回の文化系トークラジオ Lifeでの話。
その回では、
ケータイ普及以前と以後で若者のコミュニケーションは変わってきたんじゃないか
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文が短くなっているらしいということについては?
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いや、それ以前から中高生って短文で喋ってるよね。「うぜぇ」とか
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口語と比較してみるとそんなに(書かれる言葉は)変わらない
みたいな、日本語衰退論を牽制してるとも読み取れそうな感じのやりとりがありました。
別に短文で喋る=日本語の衰退なんではなくて、短文でしか喋れないことがまずいんじゃねという前提だと思っていて、つまり、短文と長文にはそれぞれ得手・不得手があって使うフィールドが違うのだから、それを使い分けることが日本語力なるものだろうと思っています。
最近、2ちゃんねるやニコニコ動画で「kwsk」やら「www」やら「自重汁」1 などなどが飛び交う風景を見ていると、そうした言葉は確かに便利なのだけど、それに慣れちゃうと、その言葉が何の略でどれくらいの意味があったことを忘れちゃうんですよね。あれ、ICTって何の略でどういうことだったっけって感じの。
なので、いわゆる日本語衰退論は文が短くなる問題というよりも引き出しの数と使い分けの問題だろうなと。ですので最近は、自分が会ったことのない価値に出会ったときに、それを説明する言葉として「これはすごい」しか出てこなかったらヤバいなぁとか思ったりして、それはこの前Twitterを辞めたりとか最近卒論に精を出しているとか、このブログの更新が少し増えたとかも関係してます。まだ頭の中でゴチャゴチャしてるよくわからないものをしっかりと言語化する前に輸入してきた言葉で片付けちゃうのは怖いってかもったいないなぁと。
で、まとめちゃうと、ニコ動的コミュニケーションだけに向いちゃうと怖いよなーっていう「ゲームばっかしてると頭が悪くなるよ!」みたいなどこかで聴いたような身も蓋もない話2 になっちゃうんですが、であるなら、ニコニコ動画と2ちゃんねるが連携して議論なんかもできるようになったとするなら、そこがどういう場になっていくのか少し面白いかもとも思うんですね。
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- もちろんニコ動を犯人にしたいわけではないし、ニコ動だけをネタにするつもりもないのだが、わかりやすい例として挙げたと言うことです[戻る]
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