要約:文科省が「学士力」なるものを決めて各大学の評価に向かおうとしているみたいですが、むしろ各大学のミッションを強化させる方向が望ましいんじゃねという話
フィードをなんとなく見ていたらちょっと引っかかるニュースが。
なんでも大学教育の質を保証するために、文科省主導で「学士力」(仮)なるものを設定して大学の出口管理を強化しようと言う話が中教審から出たとか。
高等教育のユニバーサル化が進んで、大学教育の多様化が叫ばれる中でのお仕着せ的政策で、いただけないっすね。まぁ、これに関しては大学プロデューサーズ・ノートのマイスターさんと同じ意見で、高等教育を文科省が内実に渡ってまで仕切るべきではないと思います。
高校までと異なり、大学の教育内容というのは、国が一律に規定するものではないはずです。専門職の養成課程など、カリキュラムに何らかの統一性やレベル設定が必要なケースもあります。
しかしそれはそれぞれの業界団体や学会、認証評価機関、担当省庁などが議論をして決めていけばいい部分。基本的に、大学の教育力は、大学ごとに違っていて当然です。全国一律、どこの大学でも同じ能力をつけさせる、という必要はありません。
大学プロデューサーズ・ノート:「学士力」って、文科省に決めてもらうものですか? – livedoor Blog(ブログ)
で、背景をちょっとつまんでおくと、1991年に旧文部省が大学設置基準というのを緩和(大学設置基準大綱化)して、大学の自主性と裁量を大幅に増やしたんですね(高等教育機関のチェックを事前から事後に移行した)。それは、高等教育の多様化を期待してのことだったんですけども、今まで「縛り」としてあった設置基準が緩くなったことで、東大を除く国公立大はこぞって教養部を廃止しちゃったんです。
結果的に教養教育を担える人材が学内に不足してしまって、教養教育の瓦解が叫ばれることになりました。でもって、このままではまずいって事で、第三者評価機関として様々な評価・認証機構を設置することで、高等教育の質を担保しましょうねという方針になったわけです1 。
ところがどっこい、今回のようにいつの間にか文科省主導で評価・認証が行われるようになるような議論の流れなわけで、前の方針はどこへいったのよ?という話です。
マイスターさんが仰っているとおり、第三者機関の評価(による高等教育の質担保)という方法の評価をすっ飛ばして、はたまた高等教育以前の中等教育と高等教育の接続だとかそれ以前の課程の話だとかもまとめてすっ飛ばしてこれですから、なんともはやというわけで。
おそらく、この提案が出た会議はこの小委員会だと思うんですが、文科省側から何のプレスも出てないので、どうにも言えません。つーか、文科省 or 中教審は第三者評価をどのように評価しているのか知りたいところです。
で、リンク先のニュースでも書かれているとおり、この提案の背景には「アメリカのように入りやすくして、出にくくすれば質が保てるんじゃね」というよく言われる意見があるんですが、私は明確に反対とは言いませんが、こうした意見には違和感があります。
入りやすくすることには賛成ですが、ニュアンスが違っていてAO入試や社会人大学院のように入り口を分散して、相異なる様々な条件を持つ人をもっと受け入れていこうという意味です。つまり、学生の多様化を促して、様々な学生同士=社会の相互交流を進めようという意味で「入りやす」くするならこれは賛成と言うことです。
それで、「出にくくすれば質が保てるんじゃね」という意見の背後には出にくくなれば学生が必死に勉強するようになって、結果として高等教育の質が向上するという根拠があると思いますが、それよりかは、各大学のアドミッション・ポリシーを明確化して、こういう学生を育てたいという方針・ミッションを強く打ち出して、それに従ってカリキュラムや学習指導を進めていくべきだと思います。
一律に厳しくするのではなく、各大学が教学方針をきちんと明確化して、それに沿わない学生の指導を強化する2 という方向が、大学教育が多様化している現状にマッチしているんじゃないかなーと思うわけです。
ともかく、一大学生として高等教育についてはいろいろ言いたいことはありますけども、今最も求められているのは大学教員と職員の連携じゃないかと考えています。
学習内容(何を学びたいか)に深く結びついた履修相談やら、エンロールメント・マネジメント(中・長期的視点に立った学生指導策)は、学生自身が根本となる何を学ぶかという意識を明確化するために必要ですし、また文科省が大綱化で一番やりたかったであろう各大学の自己点検・自己評価というPDCAサイクルをうまく回すには、大学自身のデータの一元化が必要なわけですが、これらは全て教員と職員との円滑な連携あってこそ成り立つものです。
教務側が保守的で動かないという背景もあるようですが、もはや入って出るだけの大学は、言葉は悪いですが、半分ディプロマミルみたいなものですし、きちんと学生のニーズに答えるために組織体制がこれでよいのかどうか再検討していってほしいものです。
- この辺のお話は林 論文や慶應SFCの教育評価論あたり参照[戻る]
- GPA制度をより本義に沿った形にするという方法もあります。大学プロデューサーズ・ノート:大学が導入に消極的な「飛び級」制度 年齢制限は何のため?参照[戻る]
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